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3歩下がって歩く彼女の作り方~尻に敷かない嫁をもらおう

可愛い彼女と素敵な彼氏の作り方と好きな人への片思いを両想いにするヒントが満載!男性女性を問わず恋愛をテーマにしたブログです

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彼氏や彼女は自分を救ってくれる存在だと思ってもいいの?~「ここではないどこか」に、恋人は連れて行ってくれるのか

女性向け恋愛コンテンツ集 私の恋愛観

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多くの人が、今に不満や不安を抱えながら、でも見た目は平然と日常を送っている。素敵な恋愛に憧れる人は「彼氏ができたら今が変わる」「彼女ができたら世界が変わる」と思うことがあるんじゃないだろうか?

 

かつての私もそう思ったことがあった。

 

「ここではないどこか」に憧れるのは、少し現実逃避したその先に、明るい未来を見たい気持ちを持つからだ。心の底から今が良ければ良いというのは、今が充実している人。本当は未来に期待しながらつらい今を生きている人もたくさんいるのだと思う。

 

今回は、「ここではないどこかに、恋人は連れて行ってくれるのか」、その疑問に私の経験と恋愛観を持って答えてみたい。彼氏や彼女は自分を救ってくれる存在なのか、考え方をまとめてみよう。

恋愛は「今」を変える要素になり得るもの

いきなり結論から示すが、恋愛は今を変えることができるものだと私は思っている。好きな人に片思いをして、もし付き合うことになれば、確実に「今」が変わるだろう。それだけ密接にかかわっていく相手が彼氏や彼女などの「恋人」である。好きな人がいるから頑張れるということも多い。

 

想いの量が、そのまま付き合えたあとの世界を変える変化量になるから、恐らくどのくらい好きかと言った測れない気持ちの量は、どの程度今の世界を変えるのかを変える。

 

しかし、恋人との付き合い方はよほど距離を空けて付き合わない限りは、いずれにしても今を変えることになるものだ。そのままでは居られないのもお付き合いであり、例えば受験生などは「恋人を作らない」と決めて、自分がいま大切にするべきものへ集中する人もいるくらいである。これは、仕事や夢などが関係する「大事な時期」でも発想され、時に恋愛が「弊害」だと考えられる理由ともなってる点だ。

 

恋愛によって「今」が変わるなら、好きな人と付き合うことが正しいアプローチになるのは、適当な人との付き合いが「今」を悪いものへと変えてしまうからでもある。

 

恋愛には精神的に通常状態でも副作用があるから、好きな人とのお付き合いでないと意味がない状況はよくある話である。

 

好きな人と付き合うことが「今」を良い方向に変える条件

恋愛を通して「ここではないどこか」に行きたいと思うとき、条件となるのが「好きな人と付き合うこと」だ。適当な付き合いによって生まれる副作用は、決して目を瞑れるものではない。

 

適当な恋愛のデメリットを考えてみよう。

  • 罪悪感が逆に自分を苦しめる
  • 時間が無駄に取られる
  • うまくいかない時期(ケンカ等)に無意味さを痛感する
  • 会う時間、連絡を取り合う時間で、生活が制限されるから充実しない
  • 新しい出会いが制限され、他の人との恋愛がなくなる

 

今を変えてほしい、今を変えたいと思ったときに、適当な人と付き合うのはあまりお勧めしない。恋愛は精神面を消耗する営みで、好きな人と付き合うからこそ幸せを感じることができる。

 

あとから愛情面が付いてくるような恋愛も存在するが、それならせめて未来に期待できる「今」が条件だろう。何のあたりもなく、ただ未来に期待する気持ちだけでは「ここではないどこかに行きたい」という今の気持ちと何ら変わらない。

 

傷つく覚悟ができるかどうかも大きいのだとろうと思う反面、「では、傷つくことで次の恋愛に支障を来たすとしたらどうか」という点も考えてほしいと思ってしまう。

 

恋愛のトラウマまではいわないとしても、適当な付き合いや遊びの付き合いを、恋愛にまじめな人がした場合、一度恋愛から離れたいと思うことのほうが多いと思う。人の気持ちは多くが白いところだとしても、やっぱり黒いところもあって、気持ちの伴わない恋愛をしたとき、その黒さに立ち止まりたくなるものだ。自分の黒さに立ち往生する人もいる。

 

幸せになりたいと思うなら、ぜひストレートにその場所を探してみてほしいと、いろいろな恋愛経験をしてきた私は思う。

 

救ってくれる人は必ずいる

しかしながら、私もかつて誰かに救ってほしいと思ったことがあった。恋愛事で傷ついて「愛されるだけの恋愛」に憧れた。

 

結果、確かに私を救ってくれた人がいたのだが、傷つけた人はその何倍もいて、私自身も傷つく経験が増えたのも事実だった。もうこんな考えた方はしないのだろうが、落ち込んだときや苦しいとき、「だれか」に救いを求めるのはすべてが悪いことだとは言えないんだろう。それで救われる人は必ずいると思うし、実際救ってくれる人も必ずいる。

 

人生には悪い時期を経験する人も多いと思うから、その理由は様々だけど、人が自分を変えてくれることはたくさんある。誰かに救われて、誰かを救って、そうやって人間関係が良好に保たれている面があるのは確実だ。持つべきものは「友」だったとしても、もっと濃密に付き合う「彼氏」や「彼女」がその範疇から抜けることはない。

 

私も彼女を救ったと言える経験があり、「ここではないどこか」に連れて行ったこともある。好きになる理由に「正しさ」なんて必要がないのだから、救ってほしいと思うところからはじまる恋愛があってもいいのだろう。そこに安息と幸せがあるなら、誰にも迷惑をかけていないどころか、救われる連鎖すら起こり得ると思うのだ。もちろん、それを私は経験している。

 

彼氏や彼女が「自分を救ってくれる存在」と思う、その発想が悪いとは思えない。純粋な気持ちと打算みたいな気持ちが交錯することがあったり、どちらかといえば黒い気持ちから白くなってもいいと思うのだ。自分に必要な過程を歩み、たどり着く幸せがあったっていい。

 

本当に好きな人と付き合うから救われる「心」

私がかつて「誰かが自分を救ってくれないか」と考えた時、実際に救ってくれたと思えた人は「自分が本当に好きになった人」だった。その人が優れているとか、お金を使って自分に何かを提供してくれたのではなく、想われる幸せを心底感じるのに必要な条件が「想う人からの愛情」だった。

 

自分の承認欲求を満たすように誰かを利用するとき、罪悪感を同時に感じてそうそう上手くいかない。恋人があなたを救えるとしたら、あなたの想いに応えるところまでが現実的な限界だろう。それ以上を望むなら、いずれにしても「限られた人だけができること」なのだと思う。

 

救われる心は自分を大きく変えるものだから、それを恋愛に求めても良い。実際に貧困に悩む人が「経済力のある人との結婚」によって救われた例は枚挙に暇がない。ありふれているとまで言わないけれど、一般的なものに近い感覚もある。現実問題、結婚相手に求める条件の上位に「経済力」があり、その中には他人からみて黒い感情も含まれているからだ。

 

今回のテーマがどうしても人の悪い感情を想起させるテーマだから少し暗い話になっているのだけど、「希望」は恋愛にもあるものだと思う。あなたが心底好きになった人からの愛情は確実にあなたの心を救うと思うからだ。

 

救われたいなら救うこと、与えられる人になろう

 

たくさんの恋愛経験をして、私が出した答えは「好きな人を救ってあげられるような人間になることが、最終的に自分が救われる方法」だということ。もちろんこれは私の恋愛観の一部に過ぎず、恋愛に「救い」を求め続けているわけじゃない。そんな側面があることを知って、私なりにその問題を考えるときの答えだ。

 

与えられたいなら、与えること。

 

よく聞く言葉かもしれないが、素敵な恋愛の入口にある考え方だと私は思う。打算と打算が交錯する場所に「安息」がないように、「自分が何を求めているのか」は、環境を決める面がある。

 

救われたいと思っているだけなら、同じような人しか寄ってこないし、その気持ちを見透かされてトレードオフな関係を求められるだろう。下らないギブアンドテイクは消耗のみしか残さない。

 

遠回りした道が往々にして近道であるように、恋愛によって救われたいなら、まず自分が救うように努力をするべきだ。救われたいって気持ちはだれでも時期によって持つ感覚だし、それをとても現実的に求めるかは別だとしても、多くの人の心理にそんな考えはある。

 

だとすれば、救ってあげたいと思うあなたの愛は好きな人に届くときがきっとあるのだと思う。それがきっかけとなって相手はあなたを救いたい気持ちになる。

 

やさしさや思いやりは、目的があれば伝わり、途端にとてもチープなものになる。下心が有名だ。

 

もし目的が見透かされるなら、「救ってあげたい」と思う気持ちがバレても恋愛を進めることさえあれども妨げるものとはならない。結果、救えることができたなら、相手はきっとあなたを救ってあげたいと思うだろうし、自分にできることを考える。こんな人間性を持った人を好きになる自信はみんなが持てると思うのだ。

 

与えられる人、誰かを救ってあげられる人になるのは簡単じゃないけれど、「どう思って、何をするか」はあなたの人となりそのもの。ここではないどこかに行きたいと思うとき、その方向を二人で決めるような恋愛は素敵だと思う。救いあう関係に恋人同士ならなれるのだから、救ってほしいという気持ちを「救いあうような恋愛がしたい」って気持ちまで昇華してみてはどうだろう。

 

私が試行錯誤しながら経験とも照らし合わせて出した答えは、こんな考え方だった。

 

まとめ

今回は「ここではないどこか」に恋人は連れて行ってくれるのかについて私の考え方をまとめた。彼氏や彼女が自分を救ってくれる存在だと思ってもいいの?と思ったとき、参考にしてもらえたらと思う。

 

適当な恋愛が癒しになることがないとは言わないが、多くの恋愛がいずれ壊れてしまうものだとしたら、副作用は案外大きいものとなる。黒い感情が関係する中で心のやり取りをするのは、思ったような効果はきっとないのだと思う。

 

ただ、誰にだって自分を救ってくれるような存在になる人はいるはずなので、そんな素敵な人へ自分の気持ちが純粋に伝わるように、救われたいと思うときほど救ってあげたいと思っていろいろなことをやってあげよう。

 

素敵な人に恋をすれば、素敵なことが多く訪れる。傷つかないようにする恋愛では得られるものも制限されるから、純粋な愛情で好きな人の気持ちを動かす、そんな恋愛の仕方をして、救いあうような恋愛をしてほしいと思った。

 

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